1932年に西川善男が開塾した西川珠算塾(現、誠励学館西川そろばん塾)の由来は明治時代までさかのぼります。

 明治時代に、「伊勢百日算」が三重県で盛んになりました。文字どおり、百日間、朝から晩まで練習したそうです。

 当時、いくつかある珠算専門塾のひとつに三重誠励学館というところがありました。そこで芳原楳一先生(後に、西天満実業学校、私立大阪商業高等学校、大阪学院大学で教鞭をとる)が珠算の技を習得され、大阪誠励学館を開塾されました。大阪誠励学館の門下生には、松本為一先生、山根四郎先生、辻惣次郎先生、西川善男ら大阪の珠算界をリードしてきた先生がおられました。

 西川珠算塾は、西川善男が戦前に堂島で開塾、その後茶屋町(現Nu茶屋町の北角。今では歩道です)に移転し誠励学館の名を芳原先生より継承しました。茶屋町の教室はその後、中崎西に移り梅田教室として現在に至ります。昭和39年6月から庄内教室を、昭和47年7月庄内教室からわかれて高川教室を開塾しました。そして昭和60年10月から豊中教室を、平成19年に豊中教室からわかれて上野教室を開塾しました。

 その間、国際珠算競技大会(日本商工会議所主催)日本代表選手、国民珠算競技大会で入賞者数名、読上算日本一に2名、全国高等学校珠算競技大会読上暗算優勝、また、そろばん大阪一(大阪商工会議所主催)、豊中支部大会中学生の部で約20年間団体優勝(庄内教室)を続けて参りました。

 今も、西川善男の開塾以来、約80年の歴史の中で延々と伝統が息づいています。